2025年の冬、長く一人で暮らしていた伯父を、自死で亡くしました。甥である私が、自死遺族になってからの日々を、ここに記しています。
最初に書いておきたいことがあります。ここは、悲しみの「正しい乗り越え方」を教える場所ではありません。私は専門家ではなく、ただ突然その立場になった、一人の遺族です。半年が経った今も、辛さは消えていません。
それでも、こうして書いているのは、あの夜、私自身が「自死遺族」と検索して、同じ立場の人の言葉を必死に探した記憶があるからです。誰かの体験に、少しだけ救われたからです。だから今度は、私が書きます。同じようにひとりで検索したあなたが、「同じ人がいた」と少しだけ息をつけるように。
半年経った今、私がどんな状態か
正直に書きます。
自死のあと、最初の四十九日くらいまでは、毎日が鋭い自責でした。何をしていても、ふいに「あのとき、ああしていれば」が襲ってくる。具体的な後悔が、刃のように突き刺さる時期です。
それが、一か月半を過ぎたあたりから、少し変わった感覚がありました。鋭い自責というより、漫然とした重さ——うまく言えないのですが、痛みの「スポット(焦点)」が広がって、全体がずっと曇っているような状態に変わっていったのです。
半年が経った今も、ふとした瞬間に心拍が上がり、理由のない絶望感や不安に包まれることがあります。
ここで伝えたいのは、悲しみは「消える」のではなく、「かたちを変えていく」ということです。「いつか元通りになる」のとは少し違いました。立ち直る、という言葉はしっくりきません。ただ、苦しみのかたちが、少しずつ変わっていく。それが、半年を生きてみての、私の実感です。
もしあなたが「いつまでこんなに苦しいんだろう」と思っているなら——終わりを約束することはできません。でも、ずっと同じかたちのままではない、とだけは伝えられます。
私は一度も、伯父を責めなかった
不思議に思われるかもしれませんが、私は、亡くなった伯父を一度も責めていません。「どうして」と問うことはあっても、「ひどい」とは思えませんでした。
たぶんそれは、私自身が、長いあいだ鬱に近い状態を経験してきたからです。生きているのがしんどい、という感覚を、内側から少しだけ知っている。だから伯父が最後に立っていた場所の暗さを、責めることがどうしてもできませんでした。
責めるのは、いつも自分のほうでした。
いちばんの後悔は、「立派になった姿を見せられなかった」こと
私のいちばんの自責は、伯父に対して、経済的にも人生としても、ちゃんと立った姿を見せられなかったことです。
伯父はいつも、温かい言葉をかけてくれて、会えばお小遣いを渡してくれて、私の事情を深く詮索せずに、ただ見守ってくれる人でした。私がうまくいっていない時期も、責めずにいてくれた。
だからこそ、「凛として、立派になったね」と言ってもらえる自分で、最後に会いたかった。それができなかったことが、今も胸に残っています。
——でも、これを書きながら思うのです。伯父は本当に、私の「成功」を待っていたんだろうか、と。たぶん違う。ただ、私が生きていること、たまに声を聞かせることを、喜んでくれていただけだった気がします。後悔は消えませんが、その後悔の形も、少しずつ変わってきています。
「どうして死んだのか」を、私は詮索しないと決めた
自死遺族になると、周りから(あるいは自分自身から)「なぜ」を何度も突きつけられます。
でも私は、ある時から、死の理由を細かく詮索するのをやめました。
人がそこまで追いつめられてしまう過程は、きっと、ひとつの理由で説明できるものではありません。いくつもの苦しさが複雑に絡まった果てのことを、残された側が「これが原因だ」と決めつけるのは、故人に対して失礼で、その人の最後の尊厳を踏みにじることになる気がしたのです。
理由を探すことが供養になる人もいると思います。私も、何度も探しそうになりました。そのたびに、やめました。分からないまま、ただ悼む。私にとっては、そのほうが伯父を大切にすることだと思えたからです。
悲しむ暇もないまま、手続きに追われた
自死遺族になって驚いたのは、悲しみに沈む間もなく、現実的な手続きが次々と襲ってくることです。
役所への届け出、故人名義の解約、年金、相続、そして遺された家のこと。心が全く動かないのに、書類は待ってくれません。「物件」「瑕疵」「相続税」——伯父の人生を、事務的な言葉で扱わなければならない場面が何度もありました。
このサイトでは、そうした手続きやお金のことも、当事者として実際にやったことを記録しています。気力のあるときに、必要な部分だけ読んでもらえたらと思います(このページの最後に、項目ごとのリンクを置いています)。
同じ立場の、あなたへ|グリーフのなかにいる人に
最後に、いま深く苦しんでいるあなたへ。
自死遺族の苦しみは、ときに「生き地獄」と表現されます。フラッシュバックに襲われる夜も、現実感が戻らない朝もあります。それは、あなたが弱いからではありません。大切な人を、いちばん残酷なかたちで失ったのだから、当然のことです。
そして、もし今、あなた自身が「後を追いたい」とまで感じているなら——どうか、ひとりで抱えないでください。その気持ちは、あなたがそれだけ深く愛していた証です。でも、あなたまで失われていいわけがありません。今すぐ、話を聞いてくれる人がいます。下の窓口に、どうか電話をしてください。
- よりそいホットライン:0120-279-338(24時間・通話無料)
- いのちSOS:0120-061-338
ここからは、「すぐ危ない状態ではないけれど、毎日が重くて仕方がない」という方へ。
自死遺族のグリーフは、一般のカウンセリングよりも、当事者の事情を理解してくれる窓口や、心理の専門家に話せる場のほうが合うことがあります。「解決」のためではなく、ただ「吐き出す場所」として、専門家に気持ちを話すことも、ひとつの方法です。
後悔や苦しみが、半年のあいだにどうかたちを変えていったかは、自死遺族の後悔と苦しみ|半年経っても消えない、かたちは変わるに、より詳しく書いています。
無理に前を向かなくて大丈夫です。私自身、前を向けているわけではありません。今日を生きられたら、それで十分だと、自分に言い聞かせる日もあります。
このサイトでやっていること
「また会おうね」では、自死遺族になった私が直面したことを、いくつかのテーマに分けて記録しています。あなたが今いる場所に近いものから、気力のあるときに読んでください。
- 家のこと:事故物件(心理的瑕疵物件)になった実家の相続と売却
- 告知義務のこと:事故物件を「隠さず売る」ための基礎
- 手続きのこと:自死遺族が直面する役所・相続の手続き(順次追加します)
- 終活・生前整理のこと:生前整理のやること・メリットを遺族の立場で(親の終活に救われた記録)
- 心のこと:自死遺族のグリーフケアとカウンセリング|AIに頼って傷ついた私が、人に話すまで
どうか、あなたのペースで。
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- 特殊清掃は自分でできる?費用と現場対応を遺族が考えた記録
※この記事は、自死で伯父を亡くした遺族が、専門家ではなく当事者として書いています。つらいときは、ひとりで抱えず、上記の窓口や専門家を頼ってください。
